タンカ ~ヒマラヤの神々のアート~
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 タンカとは

 タンカは、正確には掛軸様式に表装された絵を総称するものですが、チベットの場合その殆どが仏教と深く結びついているため描かれる絵は仏教の尊格ばかりです。ゆえにタンカはチベット仏教に基づく仏画を意味します。

 タンカは自由に描かれるものではなく、描かれる尊格によって尊像の身体の比率が厳密に定められており、このような聖像度量法(アイコノメトリー)に則ってキャンバスに補助線(ティク)がひかれます。さらに尊像の容姿、身体の色、持っている法具なども細かく定められており、絵師の独自性が発揮できる箇所は、尊像の身体や法衣などの色合いと背景の構成に限られます。この度量法を習得することは仏画師にとって必須の教養であり、修行に入るものはまず線を引くという作業をひたすら繰り返します。また、この度量法は流派によって違いがあり、それぞれ細部に至るまで詳細な規定が立てられています。 

 タンカの製作に使用されるのは殆どが綿、もしくは絹です。キャンバスのサイズに規定はありませんが、一般的に縦3に対して横2の比率ものが多く見られます。制作に当たっては、白土に膠を混ぜたものをキャンバスに塗りこんで布目を潰し、表面を平らに仕上げます。この過程が雑であると絵具がひび割れて剥落の原因となるのです。日に干し、コップや石などで擦りながら表面のざらつきを取り除きます。そうして木の枠に糸を使ってキャンバスを張り、線描を施します。鉛筆で規定どおりに縦横のラインがひかれ、身体比率が定められます。下絵が完成すると、いよいよ彩色になります。絵具は水で溶いた膠を混ぜた鉱物性の天然顔料です。ラピラズリや珊瑚、パールやトルコ石、四川省の朱も使われますが、最近では入手が難しく、科学顔料で代用されることもあります。彩色が終わると輪郭線を再び描き起こし、金を使って衣の文様を描くなどの細かい作業を経て最後に開眼となります。わが国の仏画と同じく面相、とくに眼は重要な部分とされており、開眼の儀式を経て完成へと到るのです。なお礼拝の対象であるタンカは一般の芸術作品とは異なり、作者のサインが記されることは本来ありません。

チベットにおけるタンカの用途は様々です。一般的にチベット人がタンカを必要とするのは、親戚・縁者が死んでその四十九日の法要の時になります。一人の者が亡くなると、家族の中で最も信頼のおける人が占星術者より葬儀内容について指示を受け、その時にタンカに描かれる尊像を授かるのです。そして遺族はタンカ絵師に授かった尊像を描くように依頼します。いっぽう、僧侶たちは自分の師より、それぞれの人間性に合った尊像を与えられ、修行の上達を願います。僧侶たちは授かった尊格を崇拝しながら仏道を歩むのです。またタンカは寺院での格別の法要の時にも描かれます。この場合のタンカはかなり大きなもので、法要の規模によりそのサイズが決まります。

 

 

                          

 

 

 タンカの歴史 

 タンカの歴史は1400年から1500年の歴史をもっています。その起源はインドのパタ(布絵仏画)が、ネパールもしくはシルクロード経由でチベットに伝えられたものと考えられています。さらにタンカはモンゴルや中国内地、ネパール、ブータンで制作されるようになりました。なお仏教タントリズム(密教)は一時はスリランカにおいても盛んであったと考えられ、インドネシア、カンボジア、タイ、中国、日本にまで伝来しました。インドにおいては十三世紀初頭に仏教が滅んでしまったためパタの作品は遺されていませんが、その制作方法はいくつかの密教聖典に残されています。 
 またタンカの名の由来は古代チベットの吐蕃王国時代、八世紀末から急性期半ばまで占領していた敦厚において描かれていた仏画が中国語で「Dang」と発音されていたことにあります。そうして、Dangに画が加わり、タンカと発音するようになったと考えられています。

  タンカは時代と共に違った風合で描かれてきました。インド様式や中国様式の影響を受け、さらに17世紀ごろには美術運動が盛んになります。この頃にはチベット様式が確立され、自然主義を取り入れた奥行きのある絵が描かれました。ダイナミックで躍動するような迫力、さらにぼかしの技法も効果的に使われます。18世紀から19世紀頃になると、タンカは洗練され、より複雑な形態を見せるようになります。浄土図が広まり、また人々のリアリズムと仏教の世界観の融合が絵画に反映されました。

 以後タンカはチベット仏教の最高芸術として、また人々の生活に根ざしたものとして受け継がれてきました。しかし1959年に大きな試練を迎えます。チベット動乱により人民解放軍の襲撃を受け、チベット文化は壊滅的なダメージを追います。ゲルク派の総本山ガンデン寺は主要な堂塔を失い、チョカン(大昭寺)、ラモチェ(小昭寺)、ラデン寺、ナルタン寺、サキャ北寺などの仏像や仏堂が失われました。このチベット動乱によりダライラマ14世をはじめ各宗派の指導部の大半がインドに逃れ、ダラムサラにチベット臨時政府を設立しています。この動乱にともない、多数の難民がタンカを国外に持ち出したため、上質のものは海外の美術館に所蔵されるようになりました。現在は英国博物館、ヴィクトリア・アンド・アルバールト美術館、フランスのギメ美術館、スウェーデンの国立民族博物館、サンフランシスコ・アジア美術館、ボストン美術館、ニューアーク美術館などにコレクションされています。加えて多くの作品が個人コレクターの手によって所蔵されています。

 

 

                                           

                                                                  

 

タンカの分類 

 タンカには様々な形態があります。ここで代表的な図例をご紹介します。

 

仏像図

 もっとも一般的であり、中心に本尊を描いた図です。背景に尊格を描くこともあり、基本的には上下左右がほぼ対称の構成となります。なおタンカにおいては、祖師、守護尊、如来、菩薩、女性尊、羅漢、護法尊のすべてが本尊に成り得ます。

 仏伝図

 ブッダストーリーとも呼ばれます。釈迦如来を本尊として、その周囲に誕生から修行、悟り、説法、涅槃の光景が描かれます。また釈迦如来のタンカを中心に左右に仏伝の各場面を配置したタンカセットや、前世の物語を描いたジャータカ、アヴァダーナなどもあります。

 極楽浄土図

 中央の阿弥陀如来を本尊として、周囲に八大菩薩が配置されます。背景には豪奢な菩提樹や蓮池、楼閣や浮雲などが描かれ、西方極楽浄土の光景が表されます。

  六道輪廻図

 おそろしい顔つきのヤマに抱かれた円の中に、天、人、餓鬼、地獄、畜生、阿修羅の六つの世界が描かれます。生類はそれぞれの業によって、この六つの世界のいづれかに生まれ変わるとされています。この図画には輪廻転生の秘密が示されています。

 ヤブユム図

 父母仏と呼ばれ男性の仏と女性の仏が抱き合った姿で描かれます。後期チベット仏教に特徴的な図柄であり、入門儀式を経た者にだけ示され、一般信者の目に触れることはありませんでした。ヤブユムは、仏教の真理が男性の原理と女性の原理の統合によってもたらされることを表したものです。
 

 ツォクシン

 ツォクシンは集会の樹木、または資糧の田と訳されます。たくさんの仏たちが結集して、樹木の構図を成すものです。この系図のようなデザインは宗派や時代によって違が見られ、マンダラとともに仏教美術を代表するものです。

 マンダラ

 マンダラは宇宙の原理であり、仏教の世界観でもあります。仏や幾何学的図形で構成され、緻密なデザインで描かれます。インドでは密教が成立する六世紀頃から原初的なマンダラが描かれていたと伝えられています。

 

 

                                                               

 

 

 尊格の分類

   チベット仏教は世界の中でもっとも複雑な形態をとっています。これは如来や菩薩といった仏の他に、複雑に展開した秘密仏や護法尊が存在するからです。

 平安時代から鎌倉時代にかけて形作られた日本における仏教図像は①如来、②仏頂、③菩薩、④観音、⑤明王、⑥天部、といった分類法をとります。 一方、チベット仏教においての分類は、①祖師、②守護尊、③如来、④菩薩、⑤女性尊、⑥羅漢、⑦護法尊という位置づけになります。

 

祖師

 チベットではラマ(上師)に対する帰依が重要視されるため祖師の位置は極めて高く、各宗派では自派の開祖や歴代ラマを崇高なまでに賛嘆します。これは師がいなければ悟りは得られないという思想に基づいています。祖師は仏と同格と考えられ、描かれる肖像における印相や持物には様々な規則があります。

 パドマサンバヴァ (ニンマ派祖師)  

 ツォンカパ (ゲルク派祖師)

 パダムパ・サンギェー (シチュー派祖師)

 ミラレパ (カギュー派祖師)

 トゥースム・ケンパ (カルマ派祖師)

 

  守護尊

 守護尊はチベット仏教独自の仏であり日本には伝わりませんでした。この尊格たちは僧侶や寺院の守り本尊とされ、イダムと呼ばれます。守護尊に分類される尊格の多くはインドにおいて後期密教聖典の主尊として成り立ちました。守護尊は三種の面を持ち、多くは怒り狂った表情で妃を抱擁しています。これは父母仏(ヤブユム)と呼ばれ、公の場にその姿をさらすことははばかられました。これは男女がひとつになること、つまり性的ヨーガの実践があまりに過激であったため秘密裏の儀礼として行われていたことを示しています。

 カーラチャクラ尊 (時輪金剛)

 グヒヤサマージャ (秘密集会)

 ヘーヴァジュラ (呼金剛)

 チャクラサンバラ (勝楽尊)

 

如来

 如来とは悟りを得た仏のことを指します。チベットの如来像は菩薩のように宝冠を戴き、身体に装飾具を身につけた報身像と、身体に法衣を纏い装飾の類をつけない応身像があります。表される如来像の印相や持物は尊格によって細かに定められています。

 ヴァイローチャナ (大日如来)

 シャーキャムニ (釈迦如来)

 アミダーバ (阿弥陀如来)

 ヴァーイシャジャグル (薬師如来)

 アクショービャ (阿しゅく如来)

 ラトナサンバヴァ (宝生如来)

 アモガシッディ (不空成就如来)

 

 菩薩

 菩薩は古代インドの言葉でボーディダットヴァといい、これは「悟りへの勇気をもつ者」を意味します。苦難にあえぐ人々に慈悲を与え救済を続けながら自らも悟りを得る為に修行を続けている仏です。

 チャンレジィ (観自在菩薩) 

 サハスラブジャ・アーリヤ・アヴァーローキテシュバラ (十一面千手千眼観音)

 モンジュシュリー (文殊菩薩)

 マイトレーヤ (弥勒菩薩)

 ヴァスダラ (持世菩薩)

 サマンタ・バドラ (普賢菩薩)

 

女性尊

 チベットでは様々な女性の仏や菩薩が信仰されています。本来、仏教では異性との交わりは禁じられましたが、7~8世紀にかけてヒンドゥーの影響を受けて女性の神が仏教にも取り入れられました。女性尊はそれまでの男性尊の妃として定着したのです。そして後期密教では性的なヨーガが秘密裏に実践され、このころにヨーギニーやダーキニーといった魅惑の女性尊が登場します。

 ホワイトターラー (多羅菩薩)

 グリーンターラー (多羅菩薩)

 百傘蓋仏母

 仏頂尊勝母

 マーリーチー  (摩利支天)

 ダーキニー   

 ヨーギニー

 

羅漢

 本質的には日本の十六羅漢と大差ありませんが、チベットではこれにダルマターラ優婆塞と和尚を加えて十八尊とします。十八羅漢と呼ぶ場合もありますが、ダルマターラと和尚は十六羅漢の眷属なので、正しくは十六羅漢二侍者となります。

 因掲陀尊者

 注茶半託迦尊者

 

護法尊

 護法尊は仏法を護る任務をもつ尊格で、日本の天部と共通する尊格がよく見られます。これらの多くはヒンドゥーの神々であり、仏教に摂取され、仏教守護の神に転じたものです。強面で異形、背景も荒々しく描かれますが大衆にはたいへん人気の高い神々です。

 マハーカーラ (大黒天)

 チューゲル (閻魔)

 ジャンバラ (布袋尊)

 アチャラ (不動明王)

 ヤマーンタカ (大威徳明王)

 トライ  (降三世明王)


                                    

             

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